正拳の打ちと掌底打ち

掌底打ち
Photo by Krystof Gauthier / CC BY-SA 3.0

空手と言えば、イメージするのは岩のような拳骨である。それでもって、瓦を割り、ブロックを割り、重ねた杉板を割る!前回のトピックス記事でも書いたように、自分も巻き藁打ちで毎日、拳を鍛えに鍛え抜いていた。茶帯になった頃は人からも「すごい拳をしているね」と言われたものである。しかし、中にはもっと、鍛え抜いている人もいて、その先輩は「鉄板を叩いても痛くない」と豪語していた。
だがしかし、それだけ鍛え抜いた拳でも人はそう簡単に倒れないし、当たったとしても瓦を割るように粉砕することはできないのである。それを痛感させられたのは…

若き頃の愚かな行為なので、あまり書きたくないのだが、実際の打撃の体験談としてあえて書くことにする。それは路上マッチである。連日のごとく、稽古で消え抜いた空手の技が実際の戦いでどれだけ活かせるか!十代後半の自分は毎日、そんなことばかりを考えていた。それが引き寄せの法則のごとく、実現するのである。目が合ったとか、肩がぶつかった程度のくだらない理由で「てめぇ、やるか」になっていた。今、思えば、本当に愚かしい話だが、これからは自分の打撃編・体験談として読んでほしい。

「やるか」となったら、街中では警察に通報されるから、人気の無い場所に向かって、そこでやった。で、やるのである。喧嘩を。ところがしかし、相手はふだんの稽古相手ではない。手加減もへったくれもないのである。しかも、ふだん、稽古でやっている技はなかなか出なかった。そんなエキサイトした中でも冷静に考えることはできたのだ。「パンチは振りまわさない、脇を締めて正拳を打とう」と。実際、その突きは何発かヒットした。だがしかし、簡単に倒れない。しかも、ようやく倒した時、あるいは相手がギブアップした時は後になって、拳が腫れあがっていた。鍛え抜いた拳であるはずなのに、打ちどころ、当たりどころが悪いと、痛めるのである。時には殴った個所が相手の歯に当たって、化膿したことすらあった。場数をこなせば、それもなくなるだろうと思っていたのだが、やはり、痛める。拳は意外に脆いものだと痛感させられることがしばしあった。

バレーボールのサーブ

バレーボールのサーブ

そんなある日のこと。長年、バレーボールをやっている友人と二人で歩いている時、ガラの悪いのに喧嘩を売られた。相手は五人。こちらは二人である。できれば、避けたいところだが、バカにはバカなりのプライドがあって、買って出た。そこで、こんなことがあったのだ。自分が相手をしたのは二人。友人が向かい合ったのは三人。友人は長身の男だが、武道には素人である。早いところ片付けて、加勢しようと思っていたのだが、この男が強かった。殴りかかってくる相手をバレーボールを叩くかのように打つのである。自分が悪戦苦闘して、二人を倒した時、友人は三人を余裕でKОしていた。その様に驚いて、「どうやって打った?」と聞いたら、サーブのようにして打ったと言う。拳ではなく、掌で打ったのである。掌底打ちというのは知っていたが、稽古ではしたことがなかった。いや、知ってはいても、「こんなビンタみたいな打撃は通用しない」と思っていたのだ。しかし、そうではなかった。長身の友人はかかってくる相手のこめかみあたりをこの掌底打ちのようにして昏倒させたのである。
この出来事に驚いた自分は翌日、例の組手大好き人間の先輩に報告した。すると、「掌底打ちは正拳打ちより、衝撃が強いよ」と、いとも簡単に言われた。ここで掌底打ちを簡単に説明すると、掌の手首側に近い肉厚の部分で相手のこめかみなり、顎を狙って打つのである。場合によっては、耳の下あたりも狙う。巧く決まれば一発で決まる打撃だとも言われた。愚かではあったけど、人一倍、強くなることを目指していた自分はその日から掌底打ちの練習も取り入れた。そして、自由組手や路上マッチでは意識してこれを使いもした。すると、これが効くのである。一発当てて、相手がグラッとなる。そこにもう一発入れれば、大抵、ノックアウトすることができた。ちなみに掌底打ちには、様々な打ち方があるが、自分が多用したのは下からの打撃だった。ガードを低くしておいて、相手が打ってくる瞬間に下から打つのだ。それもただ打ちあげるのではなく、当たった瞬間に手首を返すようにして打つ。これが巧く決まれば、組手でも路上マッチでも驚くほど見事に相手を倒すことができた。しかも、正拳打ちと違って、こちらの拳を痛めることもない。特に路上マッチでは、「不意打ち」を心がけていた(まったくもって、愚かな話なのだが)ので、身長差があっても、これで倒すことができた。

きっかけはバレーボールをやっていた友人の見事なKO劇だが、実際に道場の組手で先輩からこれを食らった時にその衝撃力を身をもって知らされたのである。パンチなら、当てられても耐えることができる。しかし、掌底打ちをまともにくらうと、腰から倒れるのである。効く打撃は足に来るというが、掌底打ちのダメージはまさにそれだった。後に自分は空手からキックボクシングに転向したのだが、初めてのスパーリングでグローブの衝撃力に驚かされたことがある。まさに脳を揺さぶられるようなその衝撃は掌底打ちのそれと全く同じだった。
そんな掌底打ちだが、オールマイティーな打撃ではなかった。一つには、これも当て方、当たりどころによっては、指を痛めるのである。それこそ、何度も脱臼をした。酷い時は骨折したりもした。なおかつ、顔面には効いてもボディには効かないのだ。だから、打撃においても掌底打ちと正拳打ちはケースバイケースで使い分けなければならないのである。

掌底打ち・当てる瞬間

掌底打ち・当てる瞬間

掌底打ち・当てた瞬間

掌底打ち・当てた瞬間

掌底打ち・当てる箇所

掌底打ち・当てる箇所

もう少し、掌底打ちの続き。十数年前ぐらいだろうか。空手家の佐竹選手がリングスという舞台でこの掌底打ちで相手を倒したことがあった。その試合ではナックルでの顔面攻撃は禁止されており、判断を誤ったレフリーが佐竹選手を反則負けにした。しかし、あれはパンチではなく、掌底打ちだったのである。「ナックルじゃない」とアピールしていた佐竹選手の姿が今も記憶に残っているが、当時はパンチも掌底打ちも素人には瞬間的に区別がつかなかったのだろう。
さらにもう一つ、記憶に残っていることがある。空手家の知人の道場に行った時のことだ。スーパーセーフとオープンフィンガーグローブ着用の顔面有りの空手だが、ここに掌底打ちの名手がいた。この相手と自由攻防をしたところ、とにかく反応が速い。こちらの連打をボクシングのパーリングのように捌かれ、その間隙を縫うようにして、掌底を浴びせてくるのだ。ちなみにこの時、自分はスーパーセーフを着用するのは初体験だった。それを理由にするのもなんだが、とにかく視界が狭いのである。結果的に相手の掌底打ちを何発がくらった。そのうち、いいのを一発くらった途端、腰から落ちた。ダウンしたのである。すぐさま、起き上ったものの、足元がふらついて思いのほか、ダメージが大きいのに驚かされた。あたかもボクシングのグローブでクリーンヒットをくらったかのような感じなのである。掌底打ち、恐るべし!自分もそれなりに掌底の打撃技は使えていたのだが、彼のような天賦の才能がなかったのだろう。以来、その打撃技は使えそうな時にだけ使う程度になってしまった。しかしながら、掌底打ちは拳による打撃よりも衝撃力ははるかにある。しかも、自分の拳も痛めにくい。実戦においては、かなり効果的な打撃技の一つだと今も思っている。

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