合気の章①

合気

今回、書くのは「合気」について。とはいえ、合気道そのものについて書くのではない。「柔よく剛を制す」という、武道・武術においては、理想の在り方そのものである。そもそも、この合気について簡単に表現することが難しい。力を使うのではなく、仕手側の体の使い方そのもので相手の動きを制御する術なのだが、個人的に言うと、それが単なる関節技だけであるならば、それが合気か?と疑問に思うのである。

というのは、今回もまた、個人的体験談になるが、何十年も前、大学に入学した時の一時期、合気道部に在籍していたことがあるのだ。しかも、半ば強引な形でだ。その大学は武道系の勧誘が滅茶苦茶で入学式の当日、大学のオリエンテーションが終わって、講堂から出ると、見るからに柄の悪そうな連中が新入部員獲得に待ち構えていた。それでもって、出てきた一年生をつかまえ、脅迫状態で「おまえ、●●部に入れ。でないと、この場でやきを入れるぞ」と、あたかもヤクザの世界である。そして、自分がつかまったのが合気道部に所属する三年生だった。こいつはまだ、ましな方で「どうせ、やることないだろ」と言ってきた。この時すでに自分はキックボクシングをやっていたから、「やること、あるんですけど」と答えた。下手に制裁でもくわえてきたら、応戦するつもりで。
その気配を察したのか、その男は「一週間の体験でいい。とりあえず、我々の部に入ってくれ」と言ってきたのである。そこで稽古することがキックボクシングの何らかのエッセンスになればと思い、その申し出を受けたのだが…。

以前も書いたように、当時の大学の武道系は「四年生は神様で一年生は奴隷」である。稽古と言っても、やらされたのは、延々と課せられるうさび飛びや腕立て、首を鍛えるブリッジといった鍛錬稽古である。自分はそれなりにこなせたのだが、途中で挫折する者は先輩たちから容赦ない制裁を受けていた。それが一週間続いて、ここでは何も得られることはないと思ったから、「辞めます」と言ったら、三年生、四年生、全員に囲まれたのである。「そう簡単に辞められると思うか」と。そこまではいい。その後に続けて、こう凄まれたのだ。「この野郎、性根を叩き直してやる」と。言うなり、一人の男に手首をとられて、関節を決められた。ここまでは我慢したのだ。しかし、次の男がボディにパンチを打ってきたところでキレた。「自分もある格闘技をやっている。やるなら、さしで相手しようじゃないか」と言ったのだ。構えるより早く、相手がさきほどと同じように手首の関節をとろうとした。その瞬間に顎目がけて右ストレートを放ったら、一発で倒れた。それを見て殺気だった全員に「手を出すなよ。ここで俺がやられても、後から俺の通っているジムの先輩全員連れて、報復するからな」と言ったのだ。

こんなことがあったから、合気道そのものにいい印象がなかったのである。後にクラスメイトの一人がこの合気道部に入部して、少しは雰囲気が良くなった頃、数回、稽古に参加したことがあった。そこで行われるのは延々と約束事の稽古である。仕手側が手刀で打ちかかる、それを受け手は手首をとって、投げるのだ。他には座った状態での似たような稽古の繰り返しだった。既にキックボクシングのプロの試合に出場していた自分は「こんな稽古が実戦に通用するのか」と思い、その疑問をクラスメイトである友人に投げかけた。答えは「合気道は警察の逮捕術の一つにもなっているけれど、打撃のプロには通用しないと思う」だった。

塩田剛三先生

塩田剛三先生

それから数年後、本屋である合気道の達人と呼ばれる方の本を見つけた。その方の名前が塩田剛三。不世出の達人と呼ばれた氏の経歴を簡単に記載すると、塩田師は後に師匠となる植芝盛平翁の道場を見学に訪れた。武道にそれなりの腕を誇っていた塩田師は門下生の稽古を「こんなものはやらせじゃないか」と思いながら眺めていたそうだ。このあたりの感想は自分と同じである。そんな塩田師の雰囲気を植芝翁は敏感に感じたのであろう。塩田師に「ちょっと、やりますか」と声をかけた。血気盛んだった塩田氏はその申し出を受けるなり、いきなり攻撃を仕掛けたのだが、瞬時に投げ飛ばされ、その技に驚愕したという。感銘を受けた塩田氏はその場で入門を決意。植芝の門下生となった(このあたりは、昔、読んだ本の内容なのでうろ覚え)。
その塩田師はすでに他界されているが、ありし日の稽古の動画は今もyoutubeの動画にアップされているが、数十年前の話である。師の本を読んで「これはすごい」と思ったものの、それでも「実際にそんな技ができるのだろうか」という疑問も抱いていた。

合気

ちなみにこれは後日談。その塩田師の道場に入門した知人がいた。大学の合気道部には何の魅力も感じなかった自分だが、塩田師の合気道には大いに関心を抱いていたから、入門数年後、その知人に詳しい話を訊ねた。「実際のところはどうなのか?」と。
すると、「あの先生は本物だよ」という答が返ってきた。ちなみにその知人は柔道二段の腕前だったのだが、師匠である塩田師の前には歯が立たなかったと言う。「投げ技でも組技でもなんでもいいから、仕掛けてきなさい」と言われ、奥襟を取ろうとした瞬間、道場の板の間まで吹っ飛ばされたと言う。

この話に大いに興味を持った自分は「それはいかなる技なのか」を訊ねたところ、「呼吸力、中心力を用いたスピードとタイミングの動きからなる技だ」と教えられた。ずいぶん、抽象的な話である。それだけでは分からないから、入門してそれなりの技を体得しているであろう彼に「その技をかけてくれないか」と頼んだ。すると、「塩田先生のような技は誰も真似できないよ」と言う。それでもその技の片鱗だけでも体験したかったから、何らかの技をかけてくれと執拗に迫ったところ、「じゃあ、俺の手首を握ってくれ」と言う。言われたとおりに手首をとらえたところ、何をどうされたのか分からないが、ほぼ一瞬にして態勢を崩され、こちらの手首に激痛が走った。

これはすごい!と感銘を受けた自分は「今度は実際に攻撃させてくれ。それに対する合気を感じたい」と言った。すると、それは無理だ、できないと言う。なら、軽く攻撃を仕掛けるから、合気技をかけてくれと頼んだところ、不承不承に応じてくれた。結果は…かからなかったのである。そして、こう言われた。
「塩田先生は本物の達人だ。俺みたいに柔道の有段者や空手の有段者が瞬時に泣け飛ばされているところを何度も見ている。でも、先生と同じ動きを真似しようとしても、誰もそれができないんだ」と言われた。その理由は何か?と聞いても、分からないと言う。それでは、神秘の技としかいいようがないじゃないかと思ったものである。

合気

そしてこれはまた、後日談。長年にわたって、実戦空手をやってきた知人(自分の周りには、こんな男ばかりいる)が同じく、その系列道場に入門した。既に塩田師が他界された後だが、「合気を体得したい」の一心で稽古に通い続けた。その彼からはこんな話を聞かされたのである。
「生前、塩田先生は『実戦では当て身が七割で投げが三割』と言われていた。実際に昔の演武会の動画を観ても、喉を突いたり、背後からかかってくる相手に肩をぶつける当て身をしている。あれが本当の実戦合気なんでしょうね」と。だが、彼の通う道場ではそれらの当て身技は一切、行われなかったそうだ。ちなみにその動画は自分も観たが、塩田氏はそこでこんなことを語っている。
「人が人を倒すための武術が必要な時代は終わった。そういう人間は自分が最後でいい。これからは和合の道として、世の中の役に立てばよいのだ」と。和合、すなわちそれが合気ということなのだろうか。

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