キックボクシング①

キックの洗礼を受けた初めてのスパー

今回からの話題は自分が30年以上にわたって関わってきたキックボクシング。

それを始めたのは、以前も書いたとおり、寸止めの伝統派閥の空手に飽き足りず、より実践的な格闘技を学びたいという気持ちからだった。しかし、当時の自分は茶帯で初段審査を目前にしていた。共に練習に励む稽古仲間もいたし、空手そのものに夢中になっていたのである。道場では「当てるの厳禁」になっていたけど、仲間との自主稽古では実際に顔面ありで当てることもしていたのである。だから、当初はあくまでもキックボクシングの技術を空手に活かすことを考えてのジム入門だったのである。

入って、最初の二週間はパンチや蹴りの基本練習をした。空手とは異なる突き(パンチ)であり、蹴りで、同じ打撃系でもこうも違うものかと思ったものである。

そしてある日、「スパーやってみるか」と言われた。入って、二週間である。今だったら、絶対にそんなことはしないけど、昔はそういうのが当たり前だったのである。空手の稽古である程度、自信があったから、「そこそこに戦えるだろう」と意気込んでリングに上がったところ……惨敗した。
まず、グローブで打たれることの衝撃に恐怖を覚えた。そこへさらに打撃を散らすようにローキックが飛んでくる。ディフェンスも何もあったものじゃなかった。なにしろ、相手はプロ選手である。空手歴三年程度で、ローキックなんて蹴りは知らなかったから、その威力がこんなにあるのかをも身をもって、痛感させられた。打たれて、蹴りまくられて、何度、倒されたことだろう。最後にハイキックをまともにくらって、昏倒した。それからしばらくは意識が飛んだ。自分がなんで倒されたか覚えていないのである。気付いたら、リング横のベンチに寝かされていた。でもって、こう言われたのだ。「豪快に倒されたな」と。

これも今なら、一大事だけど、当時はそれすら、日常茶飯事だったのだ。こういう体験をさせられて、ふるいにかけられかのごとく、プロを目指す者だけがジムに残る。恐怖とショックでたいていの練習生がこのスパーで辞めていった。
倒された自分もダメージは酷かった。今みたいにレガースもない。ローキックを蹴られた足は翌日から、歩くことすら、おぼつかなかった。頭痛にも悩まされた。
しかし、ここで思ったのである。ここまでのダメージを与えられる格闘技なら、俺もそれを体得したいと。やるなら、徹底的にやろうと思った。で、あれだけ熱中していた空手も辞めてしまったのである。

ちなみに自分がやられた相手は三回戦の駆け出しのブロだった。「まずはこいつと互角に戦えるようになろう」と心に決めた。しかしながら、そうは問屋がおろさない。自分の熱心さを買われて、トレーナーもオフェンスとディフェンスを指導してくれたが、いざ、スパーとなると、てんで相手にならないのである。顔面で倒された恐怖があるから、やらされるたびに気持ちが萎えた。なにしろ、自分と同じような初心者は他にいなくて、閑古鳥が鳴いているようなジムだったのだ。当然のごとく、毎日のごとく、スパーをやらされる。やるたびにボッコボコである。倒される練習台になっているような有様だったそんな自分に先輩も少しは加減してくれてもよさそうなのに、そんな優しい人ではないのである。「こいつは鬼か」と何度、思ったことか…。
しかし、そんな経験も継続していれば、とりあえずディフェンスはそれなりにできるようなっていった。相変わらず、倒されてマットに這わされていたし、蹴りをくらって、腕といい、足といい、痣だらけになった。一時はそういう打撃の後遺症みたいなものが残って、発熱すらしたことがあった。今、思えば、自分でもよく続いたものだと思うのだが。

それでも「何とか一矢を報いたい」という気持ちの方が強くて、恐怖はあったものの、辞めるなんてさらさら思わなかった。ここで辞めたら、自分に負けるとまで思っていたのだ。そんなことをずっと続けていくにつれ、互角まではいかないにしろ、倒されるまではいかなくなった。そしてある日、やられ放題の自分に先輩も油断していたのであろう。ガードが緩んだその瞬間に右ストレートを渾身の力で打ち込んだ。これがまともに当たって、ダウンをとれたのだ。その後、怒りに燃えた先輩にいつも以上にボコボコにされたのは言うまでもない。まったく、なんて大人げない人だったことか。
いや、人のことは言えない。先輩には通用しなかったものの、後から入門してくる後輩たちには年上だろうが、年下だろうが、滅多打ちの滅多蹴りにしていのだ。そうやって、倒すことに快感さえ抱いていたのだ。
冷静に考えると、一種、異常な世界である。当然のごとく、ジムの雰囲気はいつも殺伐としていた。というより、あの頃の格闘技のジムなんて、それが通常の雰囲気だったのだ。今、あんな調子でやっていたら、人がすぐに辞めて、ジム経営なんて成り立たないだろう。

木端微塵に吹き飛んだ自信

しかしながら、そんな自分も入会一年ぐらいには、それなりにキックボクサーと言えるぐらいにはなれた。自信もついてきたし、「いつかは試合に」とも思っていた。
そんなある日のこと、入会一か月程度の練習生とスパーをやった。ここでまた、ショックを受けたのである。というのは、この男、天才肌の人間でパンチも蹴りも見事な技を繰り出せるようになった。同期の練習生がスパーで当たっても、問題にならないぐらい強かった。そこで、「おまえ、いっちょ、絞めてやれ」と会長に言われたのだ。自信をもって、挑んだそのスパー。いきなり、相手の目も止まらないパンチで後退をよぎなくさせられた。怯んで下がった時は、攻撃者にとって好機到来である。ミドルを蹴ってきた相手にパンチを打とうとした瞬間、カウンターをまともにくらって倒された。立ち上がったものの、連打の嵐である。終いには、鼻を痛打されて鼻血が水道の蛇口をひねったかのごとくあふれ出た。スパーはそこでストップ。その時の自分のショックはいかばかりであったか。考えてもみてほしい。それなりに練習でキャリアを積んできた自分が徹底的にやられたのである。それもわずか、一か月程度の相手に。

実力もつけて天狗になっていた自分にしてみれば、最高のショックだった。俺にはセンスも強さもないのかとまで挫折感を味わわされた。
もっと、悔しかったのはその男が入会三か月ぐらいで、プロデビューしたことである。それで、何とKO勝ちをおさめたのだ。
「心の狭い男だな」と思われるかもしれないけど、その時の自分の心境を書く。「負ければいいのに」と思っていたのだ。いくらなんでも、プロのリングに上がったら、そうは簡単にいくものかと思っていたから。
でも、その予想は見事に裏切られた。やはり、天才肌の人間にはどう練習を積んだって、追いつけないという挫折感を味わわされた。その後、その男は二か月後に試合が組まれ、ここでもKO勝ちをした。何とかそれに追いつきたい。そう思って、会長に「試合をしたい」と言ったのだが、「おまえはまだまだ」と一言のもとに言われた。この時ばかりは「もう、辞めようか…」という敗北感を感じた。どんなに練習したって、自分はプロになるまでの実力はものにできないと思った。そんなメンタル的な弱さがあったのは、当時の自分は高校二年生。今にして思えば、それもいたしかたないと思うのではあるが

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