100人いたら100流派【横浜 空手】

空手は100人いたら、100流派と言われており、昔から流派も競技も数えきれないほど、いくつもに別れています。なぜこういう形になったのか私なりに考察してみました。

私が考察するに、空手を普及し始めたころは、打突については安全制が重要なので、普及させるために始めは当てない空手寸止め空手の競技(セミコンタクト)が発信されたのだと思います。

その後、極真空手などに代表される顔面突きなしの直接打撃制(フルコンタクト)などが普及され、二種類の競技が普及されてきました。

そんな中、空手から始まったキックボクシングも、素面やヘッドギア(ボクシングなどで使うモノ)を着用し、より実践的に戦う為に顔面ありの打撃技術を向上させてきました。K1などもそうです。

そのように武道や格闘技が社会に浸透していく中で、武道の防具も発達し、昔の剣道のような防具から、顔の前面部がプラスチックなどのお面が考案され、現在のようなプラスチックのマスク着用し、顔面打撃の攻防をする競技も浸透してきました。

このような競技の発展に伴った、防具の安全性向上が、武道・格闘技をより進化させ、より安全に、より実践的な護身術として学べるように加速させたのではないでしょうか。

さらに最近では、軽量化、耐衝撃性、呼吸のしやすさなどの機能性も向上し、打撃プラス組み技などの総合格闘技のような競技でも使用しやすくなり、より実践性を追求できるようになってきているのではないでしょうか。

 

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