キックボクシング⑥

ベニーユキーデ 続編

前回に続いて、マーシャルアーツ、ベニーユキーデの話。

全日本キック、ライト級のトップランカー、大貫選手を相手に果敢なファイトを展開した。それまで見てきたのは、テレビである。その画面からもベニーユキーデの迫力は伝わってきたのだが、実際にこの目で見る彼の迫力は凄みすらあった。普段は敬虔なクリスチャンでバイブルを常に携帯していると聞いてはいたが、リングに上がる前、上がってからの彼の戦いぶりはまさにファイティングマシーンだった。獲物を狙うかのような鋭い眼光、ひとたびチャンスと見るや、怒涛のような攻撃ぶり。人呼んで「ベニー・ザ・ジェット」はその名にふさわしい選手だった。その時の試合は一瞬のクリンチ状態から豪快な投げ技。大貫選手は肩関節を外したのか、苦悶の表情を浮かべて立つことができなかった。

とにかく、強い選手だったのである。確かその前は添野道場の内藤選手を相手にやはり、一瞬のバックスピンキックでKOしている。内藤選手のキャリアがなかったのも敗因だったが、相手の瞬時の隙を見逃さないのだ。

以前から書いているように、どれだけ強いパンチや蹴りがあっても、相手は動くからそうは簡単に倒せない。倒せるだけの自分の得意技があって、そこにつなげるまでのコンビネーションや試合運びがあって初めて、それができるのだ。
文章に書くと、簡単なようだが、実戦となるとそうはいかない。格闘技や武道経験豊富な方なら、それを身に染みて知っているはずだ。たゆまぬ練習とハイレベルの技術、強い精神力を持ったエキスパートだけがそれをできる。ベニーユキーデ選手はその三つの条件を兼ね備えたプロ中のプロであった。

うろ覚えだが、日本人選手でベニーユキーデに勝利した者はいなかったと思う。そこで全日本キックでは、最後の砦、藤原敏男選手との試合を計画していた。藤原選手もやる気満々だったが、なぜか試合は実現しなかった。
格闘技の世界、「たら、れば」は無しだが、もし、藤原選手がベニーユキーデと対戦していたら、勝利は藤原選手に挙がっていたと思う。抜群の試合巧者で戦略家でもあったから、それまでのベーユキーデの試合ぶりを見て、勝利する練習を積んでグローブを交えていたと思うのである(後日、藤原選手との試合では肘打ち、膝蹴りは無しというユキーデ陣営からの申し立てがあったらしい。それまでの試合もそうだとしたら、やはり、キックボクサーには不利なルールだったと思う)。

さて、それだけ強豪ぶりを発揮したベーユキーデだが、ムエタイのプラユット・シーソンポップ選手には、執拗な首相撲と膝蹴りの前に苦戦し、敗北している。打撃格闘技のトップクラスの選手でも、やはり、立ち技最強と言われるムエタイの前にはその実力も通じなかったのだ。

変貌したキックルール

ここで、マーシャルアーツの話。キックボクシングの試合が三分、一分のインターバルであったのに対して、マーシャルアーツの試合は二分だった。
一分の試合時間がどう変わるの?と思われるかもしれないが、大きく変わるのである。一分、試合時間が短くなるだけで、選手の試合はよりアグレッシブになる。二分の間で決着をつけようという意識がわくから、ディフェンスよりオフェンス重視になるのだ。
したがって、観戦する側にしてみれば、試合内容が見応えがあって、面白くなる。

マーシャルアーツとの対戦以来、全日本キックはそのルールを採用して、より見応えのある試合展開を意図するようになった。
がしかし、今まで生粋のキックボクシングを見て、実際にその試合をしていた自分にしてみれば、パンタロン着用でルールも変わるというのは、あまり面白いものではなかった。一ラウンド三分枠で戦うからこその試合である。それを戦い抜けるスタミナも要求されるし、それができるだけのプロ選手の試合なのだ。
「いまいち、ピンとこないなぁ」と思っていたら、結果的に試合は元のキックルールに戻っていた。それでいいのだ。キックボクシング事態が当時は歴史の浅い格闘技だったのである。それを他の格闘技の影響を受けて、ルールまで変えるというのは技術向上面でいかがなものだろうと思っていたのだ。

しかし、ここに新たな道のりを目指した格闘家もいた。前述した鬼の黒崎師である。
師は現状のキックの試合展開に飽き足らず、新たに日本格闘技連盟という団体を立ち上げた。本人がムエタイの前に敗北して以来、古巣の極真空手から離れた時と同じように。前述したことと矛盾したことを言うようだが、このあたりの着眼点と行動力は素晴らしいと思う。黒崎師は常に「強さ」へのアプローチを斬新的なまでに考える人だった。

立ち技最強格闘技、ムエタイ

話は変わる。新日本プロレスのアントニオ猪木が異種格闘技戦を始めたあたりから、格闘技マニアの間では「どの格闘技が強いか?」が話題になるようになった。
実際にやっている人間からすれば、「そんなもん、どれが強いかではなく、それぞれに強い奴はいるんだ」と言いたいところだが、やっていない人間にしてみれば興味あることだったろう。そういう中でもこれだけは確信を持っていた。

立ち技の打撃系格闘技では、ムエタイが最強!と。

日本キックボクシング連盟の看板選手、沢村忠選手が活躍していた当時、ムエタイの選手が登場してきては負けていたが、あれはどう見ても三流どころの選手である。もっと言えば、「適当に試合して、適当なところで倒れよう」というやる気の無さが伺えた。

がしかし……、ラジャダムナンやルンピニーのランカークラスとなると、話は違う。いや、ランカーではなくとも、化け物級に強い選手たちがゴロゴロいたのである。当然の話である。

ご存じのように、ムエタイはギャンブルの対象になっている。試合に勝つことが彼らの生活にかかっているのだ。なおかつ、ムエタイそのものが国技になっているから、タイ人には打撃系格闘技の遺伝子がもともと備わっているのだ。

いつだったか、タイで暴動が起きた時、ニュース報道を見ていたら、暴徒と化した男たちが蹴り合いをやっているシーンがあった。もう、日常的に打つ・蹴るが身体の中に染み込まれているのである。選手は子どもの頃からリングに上がる。ムエタイの遺伝子を持つ少年たちは何十戦という試合を体験して、攻撃力やテクニックを磨いて成長していくのだ。そんな選手が五万といるのである。弱かろうはずがない。

実際、自分がキックのトレーナーをやっていた数十年、とんでもなく強いムエタイ選手の試合を何度、見たことか。
ちなみにムエタイは蹴り技が試合におけるポイントなる。したがって、倒し倒されというKO劇はあまり見られないものの、「ここぞ!」という試合の時は真っ向勝負で倒しにくる。ミドルキックの連打を受けて、腕を骨折した者、切る肘ではなく、倒す肘で眼底骨折させられた者、強いムエタイ選手にやられて、悲惨な負傷を負わされた選手を何度も見てきた。
特徴はシャープな蹴りもさることながら、接近戦での首相撲の強さである。

自分も一度、ムエタイ選手とこれをやったことがあるが、筋肉質でもなんでもないほっそりした選手に組まれた瞬間、両腕で首をロックされたかのようになった。その後から執拗なまでの膝蹴りである。日本人選手がそれをやると、単なるクリンチ状態になるケースが多いが、ムエタイ選手は違う。この攻撃の前に対戦相手がことごとく敗北していく…。
見た目には地味な技だが、ムエタイではこの攻撃も大きなポイントの一つになるのである。

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