空手道 禅道会 小沢 隆 代表の武道人生⑦

小沢が支部長として務めていた長野支部。退会者の少ない理由の一つとして、門下生への細やかな気配りもあったが、それだけではない。技術指導においても、抽象的な励ましではなく、技に関する細かい認知、技の意味づけをこと細かく理論的に伝えていくことで、門下生たちは「この技はこう使えばいいいんだ!」という認識を深めることができたのだ。当然ながら、それは各人の技術的な向上につながる。同時に自信にもつながったのであろう。

とにかく、小沢は従来の空手道場のような闇雲な猛練習を課したり、叱咤激励するのではなく、具体的な技の意味・理論を伝え続けた。それを指導体系として確立し、積み上げようとしたのである。

こうした中で、小沢の胸中にも変化があった。その一つは飯田市という土地柄、格闘技の情報もあまり入ってこなかったため、その影響に振り回されなかったこと、同時に内気な門下生に指導することに意識が向いていたことだ。それまで小沢が抱いていた関心の方向が武道をやる意味や自分も含めた人間そのもの(精神も肉体も含めて)になっていったのである。さらに子どもの頃の感情も再度、湧き上がってきた。そうすると、武道で心の虚無感や不安感が埋まると思っていたのに、それが簡単には埋まらない。「武道とはなんだ?」「人間とはなんだ?」「生きる意味とはなんだ?」という方向に関心がシフトしていったのである。このあたり、小沢は空手家でありながら、思想家、哲学者的な考えの人間と思うのは、自分だけだろうか…

小沢は続けて語った。「根っから、格闘技が好きな人間ではなかったのかもしれません。ですから、そういう感情や考え方の方が高まっていったんでしょうね。さらに、その頃は格闘能力を求めようというより、心身を強くするはずの武道が必ずしもそうではないとことに気付いて、試行錯誤するようになったんです」

また、内気な門下生が多かったので、大会に出ると、最初はなかなか勝てなかった。しかし、稽古法に対する試行錯誤と研究の積み重ね、門下生への気配り、技の意味や理論を明確に指導するようになるにつれ、次第に勝率を挙げられるようになったのである。その成果は実り、強豪と呼ばれる選手も育ってきた。やがて、全日本大会で優勝、あるいは上位に入賞したり、西日本大会では全階級で出場した長野支部の門下生が優勝するなど、質(大会での勝率)・量(門下生の多さ)ともにその空手団体では一番の支部になった。

「結果を求めるより、自分も含めて、門下生への人間そのものにフォーカスしたのが良かったんでしょうね。一人ひとりに対して、具体的に『短所はこうで長所はこうなんだ』という、技術の明確性を伝えたことが勝率を挙げることにつながったと思います」

寝技が強くなれば、打撃への恐怖心も消える。

さらに小沢はこんなことを話した。「人間って、分からないことは怖い。でも、分かれば怖さはなくなる。何も見えない暗闇の道は怖いけれど、明確に景色が見れば、怖くないのと同じ。だから、指導ではとにかく『分かってもらう、認識してもらう』を徹底しました。もう一つの要因として、私は競技性はどうでもよかったんですね。だから、自分の支部だけ、完璧に総合の練習をしていました。実戦を想定した稽古ばかりをしていたんです」

ちょうど、その頃から打撃と投げ技までだったがルールが変更になり、30秒までの寝技が認められるようになった。ところが、その当時、総合の稽古に専念していたのは小沢が指導する長野支部だけだったので、大会でも優位にたつことができたのである。例えば、ヘッドロックから抜け出すにはどうするかなどの対処法をはじめ、寝技に関する研究と対策は存分にやっていた。さらに、その頃から自衛隊や高校で柔道をやっていた者も入門するようになったのだが、なんと、そんな彼らと比べれば、組み技経験の浅い門下生が稽古で寝技を極められるようにまで成長したのである。

「寝技が強くなると、格闘競技が怖くなるんです。相手がどんなにパンチが強くても、組めばなんとかなるという自信と余裕が打撃技への恐怖心がなくなることを実感させられました」

ムエタイ合宿でムエタイ選手の首相撲の強さに驚愕する

その頃、小沢は武道人生の中でも強いインパクトの体験をした。支部長合宿でムエタイのハーパランジムジムで練習に行った時のことである。そこには伝説の名選手ディーゼルノイ選手がいた。

当時の体験談を小沢はこう語る。「ムエタイの練習には首相撲があるんですが、これが非常に強いのに驚かされました。半端な組み技では対応できない。そして、蹴りもパンチもフルコンタクト空手のレベルよりも高かった。そんな彼らが自分がベンチプレスで150㎏を挙げるのを見てびっくりしたんです。あるムエタイ選手がチャレンジしたところ、65㎏が挙がらなかった。あんなに首相撲が強いのに、ウエイトトレーニングのパワーは全然、ないんですね。ところが、そんな彼らと首相撲をやっていると、ウエイトをやっている自分たちの方がバンプアップしてしまうんです。『これは、基礎トレーニングに対する考え方を根本的に変えないといけない』と思いました」

ウエイトトレーニングに対する考えを覆される

また、そのムエタイ合宿に参加していた空手のチャンピオンがルンピニーのチャンピオンと対戦してKОされるシーンも見た。10㎏の体重差があるにもかかわらず、である。ただ、この試合はあくまでもムエタイルールというハンディがあったことも大きい。相手のルールではなく、空手のルールで試合をしたなら、結果はまた違っていただろう。「だから、それについては、そんなに驚かなかったんですが、とにかく首相撲の強さは凄かった。当時の空手家の間ではベンチで何㎏挙げれるかが話題になるぐらい、ウエイトトレーニングへのこだわりがあったのですが、それを根底から考え直させられました。ムエタイ選手はウエイトトレーニングをしていません。そこに大きなインパクトがあったんです。それから、ムエタイというと、打撃の格闘技というイメージがありますが、ベースになっているのは首相撲だと思いました。ウエイトトレーニングをやっていないにもかかわず強い。それに加えて、急に力を入れたり、抜いたりする“脱重のテクニック”も巧みで、何度か簡単にこかされたことも勉強になりました。これをやられると、タイミングよく力を抜かされるんです。その練習を何度もしているうちに、『首相撲は組み技をやっていない人でも覚えやすいし、使いやすい。専門的な投げを覚えるより、手っ取り早く投げ対策になる』と思いました。

そんな体験もあって、ウエイトトレーニングの意味合いも改めて考えさせられた。例えば、顔面なしのフルコンタクト空手と顔面有りの総合空手のように競技が違うと、同じ空手家でありながら、体型そのものも変わってくる。フルコンタクト空手の選手があたかもドラム缶のように頑丈で大きいのに対して、顔面有りの総合空手選手のそれと比較すると細くなる。もう一つは身体の軸の位置である。胸やボディを打つ場合は前に出ることが重要になってくるから、力積が違ってくる。その一方で顔面有りで顔を殴るというのは、もっと細かい間合いが生じるので、ただ、前に出るだけではなかなか当たらない。顔面を叩くには機動力、動き回る力が重要だと小沢は言う。

それを例えて言えば、相撲と柔道のような違いだ。顔面有りのルールでは動き回らなければならないから、身体はスリムになる。それによって、身体の軸も違ってくるのである。それを認識するにつれ、小沢は軸の位置を意識して行うストレッチングトレーニングの方がウエイトトレーニングより効果的だと思うようになったのである。

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