空手道 禅道会 小沢 隆 代表の武道人生⑫(最終回)

呼吸法と姿勢、それをベースとした基本稽古や移動稽古で技の精度を高めていく禅道会の稽古方法。それが「いざ!」という、実際の護身の場面でどう、活かされるかを小沢の体験談を聞いてみた。

海外で遭遇した実際の体験談

「海外での体験ですが、物売りがきていて、いきなり拳銃を抜かれたことがありました。他にはバーで拳銃を向けられたことも二回あります。その時は瞬時に考え、襲撃してきた相手に対処することができました。空白の無心ではなく、1秒ぐらいの間に対処した感じです。バーで呑んでいて、拳銃を向けられた時は座ったままの状態から掌底で相手を昏倒させました。物売りの相手に襲撃された時は手の甲を使って、これも一撃で倒しました。ホテルに戻ってからも、その後の用心も忘れませんでした。振り返ると、一人で異国のバーで飲んでいること事態が自分の過信であったと思います。たまたま、結果オーライで済んだものの、そういう先を予知することも護身では重要なことです」

続けて小沢はこんな興味深い話をしてくれた。

「こういう時は下半身のバネが使えないんです。格闘技では身体の機動力を使った打撃になりますが、護身の打ち方は違うんです。護身の際は下半身の動きを使うと相手にばれてしまうので、とっさに打つことが大切。気配を消して、ドーンと殴るんですね。シフトウエートではなく、小さな身体の移動で打つことになります。それには身体全体の動きがまとまってないといけない。呼吸法でそういう身体づくりをしなければならない。それプラス、前回もお話した姿勢作りです。呼吸を中心に考えると、そこに副産物があるのですが、それが筋肉の使い方です。普通、走ったりする時は重力に対して逆らう力を使って、走ったり、跳躍したりして、いわゆる筋力を駆使しています。それに対して、歩く動作や立っている時、もしくは座っている時は筋肉を使っているイメージは無いと思われます。ところが、実際はそういう時も重力をはじめとする様々な拮抗する『抗重力筋』というものを使っているのです。それは通常で言われる違う筋肉という意味ではありません。ただ、歩いている時や立っている時、座っている時に『筋肉を使っている』という意識はありませんよね。そのような重力に拮抗する力のことを『抗重力筋』と呼びます。無意識に姿勢を保持しているときに働いている筋肉です。では、これをどのように活用していくかというと、ここに呼吸法が深く関わってくるのです。ある種の呼吸法を意識することで、『抗重力筋』が活性化され、人間の動作がひとまとめにまとめられます」

ただし、掌底での打撃や手の甲からの打撃は基本である正拳打ちから学ばないと、単なるビンタになってしまうそうだ。つまり、掌底に重さが乗らないのである。しかし、それができるようになれば、「より確実な護身の打撃になる」と小沢は語った。また、護身はその時の判断能力の方が大きいので、場所やタイミングを見て、何を選択するかを瞬間的に判断することがポイントでもあるそうだ。そういう意味で日常でもシミュレーションしておくことは必要だと言う。

「護身というものは非日常に起きる危機的な場面への対処法ばかりではありません。平素からの心身の健康や心の在り方、対人関係からくる精神的な苦痛など、広義にわたる対処の方法になると思っています。そのような観点から言って、『護身は社会に生きる人間が幸福感を追求するうえでとても大事なテーマ』というのが私の考え。護身の可能性を幅広くさまざまな場面に活かしていくこと。それが豊かな人生を築いていくうえで、今の世の中だからこそ、特に大切なことだと思っています」

自然界の力と一体化となることが武道の本質

ここで、以前、小沢が語った内容が蘇る。ムエタイの選手はペンチプレスで重いウェイトを挙げられないが、パンチも蹴りも強い。それらは筋力だけではなく、緩急の力や脱重、その技の慣性・質量の移動が大切だという話だ。そして、このような自然の力を巧く使うには、「抗重力筋」だと小沢は話していた。そのためには、呼吸法が大切。気合もその一つなのである。そういう時に自然界の力と一体化となることが武道の本質だと言うのだ。簡単に言えば、二本の足で地面に立っているように。小沢の説によると、それができるようになった場合、ある程度、心理面では自我をも手放すことができると言う。自我は自然界の力に物理的にも逆らうことだと言うのだ。

「日本人の生活様式・習慣は自然を感じ取っていうこというものだと思うんですね。礼を覚え、身体感覚で体得していくのが日本の文化です。それが武道にも影響し、自らが生かされているということをも感じさせられると思っています。日本の文化風土の中で、それらは誰にもあるもの。だから、そこに気付く、思い出していくのが武道であり、禅道会だけのものではないというのが私の考え。禅道会は実際の試合うことを禅にフィードバックして、精度を上げていこう、もしくは『技の精度が上がっている』という意識を『技』を通して明確につかんでいくのです。このあたりは今風に言う、マインドフルネスと同じだと思います。自然と共調できる自分を見つけていくことで、礼や所作もその人らしい美しさになっていく。それらの具体的な体系を持っているのが本来の武道だと。中にはもともと、それができている人もいるが、やはり、日ごろからの修練が必要です。そして、護身の最終形態が完成されたのが『礼』です。自然とも人ともそれができるようになれば、そもそも敵対することもなくなります」

海外にも広がる日本ならではの礼法や所作

現在、小沢はロシア、ウクライナ、アゼルバイジャンで海外セミナーを実施している。さらに、今後はイタリア、スペイン、バルト三国でも予定されているそうだ。このような例を見ても、禅道会の普及は非常に早い。

「そこにはMMA(総合格闘技)の影響があるのは確かだと思いますが、外国の禅道会の支部長が言うのは『自分たちはそれをやりたいのではない。武道空手をやりたい』と言うんです。技を学ぶ態度が礼法や所作に至るまで、真剣かつ純粋に学ぼうとしているのです。そして、教えられる者と教える者、同僚との絆を彼らはとても大切にしています。そして、日本の礼の神髄を学びたいとみんな、異口同音に言うのです。そのような意識は選手だけでなく、審判の礼節も見事なんですね。格闘技の域を超えて、日本の文化をリスペクトしてくれています。そして、『自分たちは偶然、禅道会と知り合ったわけではない。武道空手という武の縁に結びついた家族のような存在』だと言いきってくれるのです。私としては彼らの真剣な学びの姿勢がとても嬉しいと思う反面、前回も話したように脅威を感じます。そして、彼らから『この礼法の精神は変えてくれるな、日本がリードして守っていってほしい』と言われるのです。だからこそ、武道母国・日本としては、ただ強さだけを求めるだけではなく、美しい所作と礼法を持って、また、武道でも美しく強い戦い方ができる青少年を育てていかなければならないと思います。その青年たちが日常では、弱者に優しく、他の文化も受け入れて、美しく生きていってほしい。また、そういう人たちを育てていかなければなりません。そんなことを海外をまわっていく中で実感して思うようになりました」

純粋に武道空手を学ぶ若者たちを育てていかなければならないと語る小沢だが、日本の社会の現状の価値観を見ると、自我的な価値観の方が先行している。生き方や志、道を求めるような日本の伝統的な順位が下がってしまっているのが現実である。

小沢はこれを日本の教育のためにも、上記に記載した内容をしていくことは日本の伝統性として最優先と考えているのだ。

「失礼のないように海外の武道家たちと礼の精神を持って、日本の文化を伝えようという使命感を持った若者が社会で活躍してくれることが今後の日本の教育や国そのものにとって、とても大事なことだと思っています」

ちなみに日本の現状は前向きに働こうとしている人がわずか6%に過ぎないそうだ。殺人事件の六割に親族が関わり、自殺者が年間、三万人もいる。これはもう、どこかが狂っているからだと小沢は言う。つまり、日本は本来からあった文化的な危機に直面しているのだ。だからこそ、小沢は「武を通して、自分の心の桃源郷を表現できる昨今かと思うのです」と語った。

来年、禅道会の世界大会が開催される。そこで、ただの勝敗のみならず、美しい所作・礼法を表現できる人間になってほしい…それは禅道会代表としての小沢の切なる望みであり、願いでもあるのだ。

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