アメリカの友人、スティーブン。元正道会館ニューヨーク支部の指導員

武道はすごいと思う。

スティーブンとはまだ数回しか会っていない。

しかし武道の話をすると一気に距離が近くなる。

スティーブンは、現在はアトランタに住んでいる日系アメリカ人。

もともとは、正道会館のニューヨーク支部の指導員をしていて一時期は道場を任されていたこともあるとの事。

つまり本気で武道をやっていた人間だ。日本文化の武道と強くなるための武道。両方を理解できる人間。

海外で育っているスティーブンだからこそ武道の歴史文化の深さが理解できて素晴らしいと感じるんだなとお話ししていて感じた。

空手にはさまざまなスタイルがある。ルールも違う。

しかしながら、基本稽古、移動稽古、組手、試合というスタイル自体は同じだ。

武道の歴史の深さ、これを歴史の縦軸と私たちは表現しているがここはどの空手のスタイルも同じ系統をたどる。

違うのは横軸、つまりルールだ。

この横軸だけを比較して俺たちが本当の空手だと言っている人達もいるがその人たちに言いたい。

武道は平和な時代に完成した。小さい世界で討論していてもしようがない。

武は、強さを表現する。

どこが本当の空手か争いたい人は、「道」で争うのではなく「武」で争えばよいと思う。

「武」は戦である。相手の心に刃を打ち込むまで争えばよい。その部分もなくては困るので。

ただ、武道の本質において何が大事か考えたい。

武術が武道に変化したとき何が変わったのか?

戦国時代には、人の命は虫けら以下だった。武士の試し切りとして農民が殺された時代だ。

18代徳川将軍家が言っていた。

それを心の修行として変化させたのが武道。

私は日本文化の「和」の心を大事にして同じ気持ちの人間と語り合いたい。

武道によって「和」が尊ばれれば幸せだ。

スティーブン。来年はアメリカに行こうと思う。よろしく!

大畑

 

 

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